井上ひさし「泣き虫なまいき石川啄木」

先日(2010年4月9日)亡くなった井上ひさしさん、

小説家、劇作家、放送作家、エッセイストであり、
文化功労者、日本藝術院会員。

75歳で亡くなるまで、
自らの雅号を遅筆堂と名乗るほど、筆が遅いのに、

数多くの作品を世に送り、
それがことごとく、高い評価を得ています。

Wikipediaを見たら、
家庭の事情で、高校・大学まで孤児院で育ったというのだから、
自らの人生そのものが、波乱万丈の戯曲です。


よく知られている作品は、
  ひょっこりひょうたん島、忍者はっとりくんの脚本、
  ムーミン、ひみつのアッコちゃんのテーマ曲作詞
などなど、

歴史上の人物の伝記的な戯曲もたくさん書いていて、

つい先日、石川啄木をテーマにした
 「泣き虫なまいき石川啄木
という本を読みました。(昭和61年、新潮社)

題名だけを見て、
啄木の全体を短い言葉で捉えていることに感心してしまいます。

幕開きはこんなふうに始まります。
1.事ありげな初夏の夕暮
客席が暗くなると同時に音楽が聞えてくる。やがてその音楽を掻き分けるやうにして六つか七つの女の子(石川京子)の歌声がぐんぐん近づいてくる。
(略)
舞台には誰もゐない。女の子が海の方へ歩いて行きながら、まだ続きを歌ってゐるのがきこえる。もつとも今度は品の悪い替歌で、我はのみの子、しらみの子、さわぐ布団のまんなかで・・・・・。(以下略)

この場面は、啄木の死後、啄木の妻節子が啄木の遺児京子を連れて、房総に身を寄せた時の状況を、

もちろんフィクションで描いているもの。

物語はここから、回想シーンに移り、
啄木の闘病生活などを描いていくのですが、

ラスト・シーンは、
啄木が遺した日記のこと、

啄木は生前、日記は焼却するようにと言い遺したのですが、
妻節子は、この日記を整理しているうちに、

これは焼いてしまってはいけないモノ、

「この日記の中には、夫がいて、父や母、子どももいて、何よりも、自分自身が息づいている・・・」

「もう一度、夫に叛く・・・」

と岩手弁で叫んでいるところに、
冒頭の替え歌の声が聞こえて、幕が下りる。

井上ひさしさんの作品を
たくさん読んでいるわけではないんだけど、

この1冊をとってみても、
新聞やテレビで紹介されている井上さんの人物評、

『文体は軽妙であり言語感覚に鋭い・・・』
というのが、納得できます。


ところで、

現代の子どもたちって、替え歌を歌うのでしょうか?
私の子どものころは、よく歌ったものです。

「お手テンプラ、つないデコチャン、
 野道をゆけババチャン・・・」

などはまだ程度がいいほうで、
得てして替歌って、下品なものが多いようで、
そうした歌も大声で歌っていたような気がします。


井上作品しか上演しないという劇場(こまつ座)もあり、
永く、繰り返し読まれる脚本、
作家冥利ですね。

2009年に上演された組曲虐殺が遺作、
小林多喜二の評伝劇です。

楽天ブックス【予約】 組曲虐殺

泣き虫なまいき石川啄木」は新刊ではなかなか手に入らないと思いますが、ヤフー・オークションなどに、ときどき出品されています。


天国で、
ひょっこりひょうたん島の住人たちや、
ムームンやアッコちゃんたちと
歌を歌っていることでしょう。

   
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函館市 立待岬の与謝野鉄幹・晶子の歌碑

函館市の立待岬(たちまちみさき)に石川啄木一族の墓がありますが、その墓がある立待岬突端に近いところに、与謝野鉄幹(寛)・晶子夫妻の歌碑があります。

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posted by GG at 18:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

石川啄木の義弟「宮崎郁雨」の墓

函館市の立待岬に「石川啄木一族の墓」がありますが、その墓のすぐ隣に「宮崎家一族之奥城」があります。

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函館市中央図書館 函館市文学館

函館市中央図書館と函館市文学館には石川啄木に関する豊富な資料があるという。
函館に行く機会があったから、真っ先に訪問してみました。

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posted by GG at 23:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

啄木が勤務した弥生小学校

石川啄木は明治40年(1907年)6月11日、
函館区立弥生(やよい)尋常小学校代用教員を拝命、月給は12円でした。

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posted by GG at 18:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | コラム

函館に全国6番目の「赤いくつ」像

今年、開港150年を迎える函館市、
かねてから、赤い靴の像を建立する計画が進められていましたが、平成21年8月7日(金)、西波止場美術館前の広場に設置することが決まりました。全国で6番目の「赤い靴」像です。

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posted by GG at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

小樽啄木会主催 弟97回 啄木忌

小樽啄木会主催の「弟97回啄木忌の集い」に参加しました。

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余市町モイレ山の石川啄木歌碑

余市町モイレ山にある石川啄木・幻の歌碑を尋ねてみました。

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posted by GG at 00:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

石川啄木に関する新資料発見−小樽日報社写真

啄木が小樽で勤務した「小樽日報社」の写真がみつかり、
落ちぶれた啄木・見栄っ張りの啄木という定説が、がらりと変化する新資料となっています。

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啄木の妻節子の晩節問題

石川啄木の数多くの友人、文学仲間、

なかでも、岩手県同郷の言語学者金田一京助
札幌・小樽時代の同僚野口雨情
物心両面で啄木一家を支え続けた宮崎郁雨

の3人は、特筆される啄木の友人です。

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posted by GG at 16:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

橘智恵子に会ってきました

橘智恵子の写真


橘智恵子は函館の弥生小学校教諭
啄木はひそかに思いを寄せていました。

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清酒「ふるさとの山に向ひて」

まったくの私事ですが、先日誕生日を迎えました。

長男がお祝いにネットで購入して贈ってくれました。

石川啄木の清酒「ふるさとの山に向ひて

こんなお酒があったんですね。

醸造元は岩手県の「浅開酒造」、
さすがに、啄木のふるさと、岩手県盛岡市。

大吟醸と純米酒、720ml入りのセット、
それに、写真歌集またはCDがついてきます。

楽天にありました。
啄木にちなんだ清酒、「ふるさとの山に向ひて



「千の風になって」の新井満さんコラボ日本酒あさ開 日本酒「ふるさとの山に向ひて」セット※化...


写真歌集やCDはついてきませんが、セットじゃなくても購入可能です。

なかなか、キレのいいお酒です。

写真歌集もCDも、私はすでに持っていたのですが、啄木好きの私が喜んでくれるものを、と探してくれた長男、いいところあるでしょ!

もちろん、注しつ注されつ、二人で飲んでしまいました。
ラベルは瓶から剥がして、裏打ちして保存しておきます。

 



posted by GG at 18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

留寿都村の赤い靴母思像

留寿都村の赤い靴の銅像を訪ねてきました。

札幌から洞爺湖に向かう国道230号線、
中山峠を下り、喜茂別町を過ぎると、留寿都村に入ります。

村の中心部の交差点脇に「赤い靴ふるさと公園」があります。
村役場のすぐ隣です。いつも何気なく通り過ぎていた場所でした。

赤い靴を履いた「きみちゃん」は立っていました。

母思像 赤い靴のきみちゃん

大きな自然石の上に座っています。
靴だけが赤く塗られていて、妙に印象的です。

説明板があるのですが、読み取りにくくなっています。

小ぢんまりとしていますが、手入れがよく行き届いている公園でした。

留寿都村 赤い靴公園

公園に隣接して、「赤い靴公園の館」があります。

留寿都村 赤い靴公園の館

資料館かなと思って入ってみたら、トイレでした。

きれいなトイレで、“赤い靴”の曲がBGMで流れています。
男子トイレに立つと、目の前には、赤い靴の歌詞のプレートが貼られていました。

“赤い靴”のきみちゃん悲話と石川啄木との関係の詳細はコチラ、
“赤い靴”のきみちゃん物語

 
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小樽「啄木忌の集い」2008に参加しました

小樽啄木会が主催して、毎年、啄木の命日の1ヶ月遅れで行われている「啄木忌の集い」、今年で96回目にもなるそうです。

ちょっとしたことから、小樽啄木会との関わりを持つことが出来て、案内をいただいたので、参加してみました。

小樽啄木忌の集い2008

小樽文学館の集会室で、歌人の湯本龍二氏の講演「啄木・歌の生涯」

歌人らしい観点から、啄木がなぜこれほどまでに慕われるのか、啄木と同世代の歌人たちの歌など、とても興味深いお話を聞くことができました。

参加者は50人ぐらいでしたでしょうか。

講演後、ぞろぞろと歩いて、小樽駅前の歌碑に移動します。

途中、啄木ゆかりの地を案内してくれました。

・啄木の妹光子(ミツ)が受洗した教会があった場所、
 ただし、その教会に、証となる記録はなかったという裏話
・啄木が新聞社に通勤するために、通ったであろう道路
・小樽日報社があった場所

小樽日報社跡
 
小樽駅前にある啄木歌碑の前で、歌の朗詠が行われました。

歌碑の「子を負ひて/雪の吹き入る停車場に/我見送りし妻の眉かな」
の歌は、参加者全員で朗詠しました。




熱心な啄木愛好者、神奈川からわざわざ参加された方もおられました。

こんな経験、私はずいぶん久しぶりの経験で、感動的な半日を過ごさせてもらいました。

ついでに、「運河公園」に建立された「赤い靴・親子の像」も見てきました。

赤い靴・親子の像

啄木と赤い靴との関連については
  ⇒コチラのページ


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「一握の砂」、「悲しき玩具」の初版本

「一握の砂」と「悲しき玩具」の初版本が手に入りました。exclamation×2

残念ながら、もちろん復刻版です。

一握の砂表紙.jpg

(画像クリックで拡大)

たしかに、資料写真で見る「一握の砂」と同じです。

背表紙です。

一握の砂背表紙.jpg

ページ組はこうです。

一握の砂頁組.jpg

奥付です。

一握の砂奥付.jpg

巻末の広告にも興味を惹かれます。

一握の砂広告.jpg

田山花袋や若山牧水の名前が出てきます。

藪野椋十の「序」、「函館なる郁雨宮崎大四郎君」で始まる前書きなども、ネットで読むのとは違って、とても趣があります。


「悲しき玩具」の初版本復刻版です。

悲しき玩具表紙.jpg

「一利己主義者と友人との対話」および「歌のいろいろ」(感想)も収載されています。

奥付です。

悲しき玩具奥付.jpg

ページ組はこうなっています。

悲しき玩具頁組.jpg

悲しき玩具の天には金の塗料が塗られています。

昔の日記帳とか高価な書籍にはこんな細工が施されていましたが、こんなところにまで気を配った復刻はうれしいですね。

一握の砂  定価 2,100円
悲しき玩具 定価 1,260円  他に送料がかかります。

「財団法人 石川啄木記念館」に電話 019-683-2315

郵便振替用紙を送ってもらい、入金が確認されると宅急便で送ってくれます。

「財団法人 石川啄木記念館」のホームページ、
   書籍頒布のおしらせページはこちら
次項有 http://www.echna.ne.jp/~takuboku/new/2008%201.html


手垢がつかないように、光で焼けないように、引き出しの奥にしまっておきます。



posted by GG at 18:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

啄木かるた

小倉百人一首」は藤原定家が百人の歌人の中から選んだ歌をもとにした「かるた」です。

お正月の遊びとして親しまれてきたのですが、最近はあまり遊ばれなくなってきましたね。

子どもたちはこんな遊びより、ゲーム機でピコピコやっているほうがおもしろいのでしょう。

お正月には「競技」として行われている映像をテレビで観ましたが、すごい迫力です。

北海道では「下の句かるた」と呼ばれるように、読み手は上の句5・7・5を無視して、下の句の7・7だけを読みます。

普通の「いろはかるた」と同じように、読み上げられた文字が合致する札を取ればいいわけです。

私も子どものころはよく遊んだのですが、だから、百人一首の上の句はほとんど憶えていません。

読み札は内地のものと同じで、「ぼうずめくり」なんかも出来ます。

取り札は木製です。「ほう」の木が使われるのが一般的です。
かるた競技会のように、思いっきり札を取ると、札が飛んでいって障子や襖を破ったりすることもありました。

こんなかるたです。


任天堂 百人一首 舞扇 木札


「楽天」でみつけました。こんなレア物を日本全国どこからでも買えるんだから便利な世の中です。

この独特の書体、小学校低学年でも形でおぼえるんですね。

我が家の押入れの奥に1セットあるはずなんだけどなあ。

石川啄木のことを調べていたら、「石川啄木一人百首歌留多」というのをみつけました。

石川啄木一人百首歌留多

上述の「小倉百人一首」と同じ造りですね。

釧路ではずいぶん力が入っているようです。
取り札には下の句が毛筆で書かれていますが、釧路では上の句から読みます。啄木の歌に親しんでもらおうという趣旨です。

啄木にちなんだ「かるた」といえば、50枚一組の「啄木かるた」があります。

啄木かるた新装版
送料無料 税込2,940円

このかるたは中原淳一が選んで、昭和14年お正月号の「少女の友」という雑誌の付録としてつけたものが人気を呼んだものだそうで、現在のものはそれを新装したものです。

たのしかったかるた遊びが、今の時代は「お宝」として持っていることが嬉しい時代、少しさびしいですね。
 
posted by GG at 18:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

釧路で「啄木来釧100年記念展」

石川啄木は小樽の「小樽日報」という新聞社で記者をしていましたが、編集主筆と折り合いが悪く、とうとう暴力沙汰になって、やむなく12月に退職します。

職を失い、失意と貧乏のどん底で年末年始を過ごしますが、小樽日報と釧路新聞社の社長を兼ねていた白石氏から、100年前の1月13日、釧路への誘いを受け、これに応じた啄木は1月19日に小樽を発ち、釧路へ向かいます。

釧路での生活の様子もわからないため、単身、釧路に向かうことにしたのです。

小樽駅で妻子と別れるときの歌です。

石川啄木 小樽駅前の歌碑
 

この歌碑は小樽駅西側「三角市場」の前にあります。

1月19日に小樽駅を発った啄木は、岩見沢の姉の家に一泊し、翌日は旭川の旅館に一泊、21日朝、旭川駅を早朝6時半の汽車に乗り、夜9時半にやっと釧路に到着します。15時間の長旅でした。

  さいはての駅に下り立ち
  雪あかり
  さびしき町にあゆみ入りにき


汽車から降りて、釧路の町に入ったときのようすを詠った歌です。

啄木が釧路に降り立ってからちょうど100年の節目を記念して、釧路で「来釧100年記念展」が開かれるそうです。

札幌では一昨年、函館、小樽でも昨年「100年展」が開催されました。

釧路で開かれる100年展は会期が2008年1月19日〜2月3日
釧路市生涯学習センター1階市民展示ホールです。
入場料は大人100円。

詳細は釧路新聞

展示会の会期が短いですね。
啄木が釧路を去ったのはこの年の4月25日。だから、この日ぐらいまで会期があれば、私も行けたのになあと思います。

この寒い季節、まして、釧路の「しらしらと氷かがやく」ような寒さに向かって行くには勇気が必要です。

暖かくなったら、釧路の歌碑めぐりでもしたいなあと考えています。
 
posted by GG at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

石川啄木 小樽のお正月

今日は2008年1月2日

ちょうど100年前の1908年1月、明治41年1月は石川啄木が小樽でお正月を迎えた年です。

啄木が勤めていた小樽日報社に辞表を提出したのは12月13日、その後は職に就くこともできず、失意と窮乏のどん底で年末年始を迎えたのでした。

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「赤い靴はいてた女の子」は異人さんに連れられて行かなかった

野口雨情作詞、本居長世作曲の童謡「赤い靴」は誰もが知っている歌です。

女の子の名前は「きみちゃん」。
実は横浜から船に乗ってはおらず、東京の孤女院で、9歳のとき亡くなっています。

野口雨情といえば、啄木との関係も薄からず、2007年11月23日、小樽に全国5番目の銅像が建立されたというニュースを目にして、「きみちゃん」のことを調べてみました。
 
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NHKテレビで石川啄木来道100年が紹介されました

今、小樽文学館で石川啄木来樽・小樽日報創刊100年記念特別展が開かれています。一昨日行って見てきたことを昨日紹介しましたが、その特別展の様子がテレビに映し出され、購入してきた本の著者が出ていたので、びっくりしました。

2007年11月16日夕方のNHK北海道ローカルのニュース番組「ほくほく北海道」です。

購入してきた豆本「小樽啄木余話」の著者「水口忠」(小樽啄木会会長)さんが出ていて、啄木への思いを話していました。

啄木の処女歌集「一握の砂」に「小樽」という地名が出てくるのは次の歌一首だけです。

   かなしきは小樽の町よ
   歌ふことなき人人の
   声の荒さよ

この歌の歌碑は小樽市内、水天宮境内に建立されています。

この歌を表面的に解釈すると、小樽を誹謗しているのではないかと思われるのですが、実は、啄木は小樽に好感を持っていた、と話します。

事実、当時の日記や送った手紙などを読むと、そのことがよくわかります。

豆本「小樽啄木余話」には、小樽に啄木の記念碑を建立する際、どの歌にするか市民に投票してもらい、断トツでこの歌が選ばれたそうですが、市議会で賛同を得られず、立ち消えになったいきさつがあると書かれています。

小樽市民すべてが啄木に対して好感を持っているとは限らないようですが、善きにつけ、悪しきにつけ、100年経った今でも熱心に語られることに感動です。

この歌の私の解釈はこのページにあります。

歌碑の紹介はこのページです。
 
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石川啄木来樽・小樽日報創刊100年特別展

先週行ってみたら休館日だった小樽文学館に行ってきました。
今度はよく調べ、一度行って場所もわかっているから、まっすぐに文学館を目指します。

「小樽文学館」は旧日銀の向かいにある建物、こちらも古い建物です。

小樽文学館入口

入場料300円を支払うと、記念品として「小樽日報」第3号のコピーと啄木の名刺をくれました。

「小樽日報」はこの第3号しか残っていないそうです。

いわゆる3面記事の担当であった石川啄木が書いた記事が4つ掲載されています。

  ・手宮駅員の自殺未遂
  ・挙動不審の男
  ・酒代を強請(ゆす)ってお目玉
  ・恵比須亭の演芸会

新聞は現在と同じ1ページがA2判、全体で4ページの新聞です。

一面トップには「主張」という、現代で言えば「社説」があります。
当時の新聞のほとんどが政治家の選挙活動、政治活動の道具として発行されていたことが理解できます。

この号の「主張」は「女子師範の急要・・・道庁及道会に望む・・・」です。

この部分には読点(、)があるのですが、句点(。)がまったくありません。文語調で、すべての漢字にルビが付されています。

その他の記事には句読点がまったくありません。
たとえば、啄木が書いたという「酒代を強請ってお目玉」の記事はこんな調子です。(ルビは省略しました。旧字は一部新字にしています)

酒代を強請つてお目玉  稲穂町四十番地長谷川弥一方平民木挽職島谷幸吉(二九)外二名は揃ひも揃つた阿呆者にて黙つて大鋸でも挽いて居ればよいのに何処で習つたか変チキリンな巻舌文句に我から得意になり四方八方飛び廻つて遊人気取りの酒手強請も一度二度ならざりしが一昨夜も微酔機嫌の浮れ足新廓仲の町十五番地和田スエ事貸座敷清明楼の店先に立ちて馬鹿口を有ん限りの冷評を尽くしたれば構はず置けば可気になってツケ上ると妓夫某が息巻き果は争論の末(以下略)

これにルビがあるのですが、ルビがあって読みやすいのかもしれませんが、字面はパッと見、とても読みにくく感じます。

それでも、さすが啄木の文章、韻を含んでリズムが感じられます。

特別展には啄木直筆の手紙・ハガキ、原稿などが並べられていました。
啄木が小樽から釧路に向かったころの列車時刻表、鉄道路線図などもあります。

啄木特別展

また、当時の列車のなかを再現した座席があり、窓外の景色をビデオで見せ、啄木の気分に浸るセットもありました。

しばし、100年前の啄木の感慨を味わうことが出来ました。

この特別展のために刊行された豆本がありましたので購入してきました。「小樽啄木余話」、小樽啄木会会長水口忠さんが書いた本です。
野口雨情との関係、童謡「赤い靴」誕生秘話、歌碑建立のいきさつ、石川家の家計、などなど、興味深い裏話がわずか100ページほどの豆本に書かれています。

来年2008年は啄木が釧路に行って100年目。釧路でも100年記念の行事があることでしょう。

啄木の息づかいが感じられた特別展でした。
 

posted by GG at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

小樽市立文学館「石川啄木と小樽日報」展に行ったのですが・・・

11月6日、火曜日、小樽市立文学館で開催されている「石川啄木と小樽日報」展に行ってきました。

ところが、「休館日」でした。迂闊でした。
月曜日が休館日ということは調べていたのですが、前の週に祭日がある場合には火曜日も休館日だったのです。帰ってから調べたらサイトにきちんと書いてありました。

近いうちに出直しです。
小樽はいいところ、何度行っても満足します。

がっかりしたのですが、小樽運河を散策し、2つの歌碑を観てきました。
小樽の山々はすっかり晩秋のたたずまい、いつ雪が降ってもいい季節なのですが、いい日和で、車の暖房は要りませんでした。

小樽運河は観光客で賑わっていました。

otaru_unga200711.jpg


小樽市内には石川啄木の歌碑が3つあります。
今回探したのはそのうちの2つ、以前、見た歌碑とあわせて3つの歌碑に巡り会うことができました。

小樽市内3つの歌碑の案内は次のページにあります。

小樽駅前 子を負ひて雪の吹き入る停車場に 我見送りし妻の眉かな

小樽公園 こころよく我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ

水天宮境内 かなしきは小樽の町よ 歌ふことなき人人の 聲の荒さよ
 
posted by GG at 17:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

石川啄木来函100年記念行事 函館

石川啄木は明治40年(1907年)5月5日に函館の土を踏み、同年9月13日、札幌に向かうため函館を離れます。

2007年はそれからちょうど100年、函館でも記念の行事が行われています。

【函館市文学館】
◆石川啄木来函100年記念 直筆資料展「函館の132日間」
 4/22(日)〜10/17(水)迄
 函館市文学館のホームページ

【はこだて湯の川温泉博覧会】(オンパク)の中のプログラム
◆啄木の過ごした函館での132日間を探る
 10月28日(日)
 日本近代文学会会員・桜井 健治さんの案内で函館市内の啄木の足跡を訪ねます。
 詳細ははこだて湯の川オンパク公式サイト

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「東海歌二重歌格論」西脇巽著

青森県在住の精神科医「西脇巽」氏の啄木に関する第7冊目の著書です。



いやはや、啄木のことをよく研究しています。
大胆な説を述べるものだから反論もあり、持論を裏付けるため、更に深く研究します。

過去の著作:
 「石川啄木 悲哀の源泉」 混在する啄木像をどう読むか
 「石川啄木 矛盾の心世界」 啄木「誕生日」が意味するもの
 「石川啄木 骨肉の怨」 生い立ちにおける「愛」と「怨」
 「石川啄木 東海歌の謎」 「東海歌」謎に迫る
 「石川啄木の友人 京助、雨情、郁雨」 友人群像から啄木を照射する
 「啄木と郁雨 友情は不滅」

今回の発刊は第4冊「石川啄木 東海歌の謎」を更に深めたものと説明しています。

さらに、妻・節子と妹・光子への視点をめぐって、さまざまな説との接点を持論を展開してするどく衝いていて、なかなかにおもしろい本です。

この本の「はじめに」の結びにこう書いています。

「本書が、啄木論が更に盛んになることに些かでも寄与することになれば、著者としてこの上ない喜びである。」

著者の持論に対して意見があれば言ってくれ、というわけですね。

啄木の実像を知る(推測する)上で、とても興味深い著書です。
 
石川啄木東海歌二重歌格論
 
posted by GG at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

「千の風になって」と「石川啄木」

「千の風になって」を作曲した新井満さんが石川啄木の歌に曲をつけてくれました。
新井満さんは芥川賞作家でもあり、その文章にゾクゾクっとする感触をおぼえました。

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小樽で石川啄木来樽100年記念行事

石川啄木が札幌の新聞社から「小樽日報社」設立に関わることになったのは明治40年(1907年)9月のことです。
今年2007年でちょうど100年の節目です。

小樽ではこれを記念して展示会が催されています。

市立小樽文学館「石川啄木と小樽日報」展

会 期:平成19年9月8日-平成20年1月20日
入場料:一般300円、高校生・小樽在住高齢者150円、小中学生 無料


小樽啄木祭

平成19年10月13日(土)
○ 記念講演と歌碑朗詠
○ 朗読と歌の夕べ“啄木に寄せて”

特別展、啄木祭の詳細はこちら
 ⇒小樽啄木会ホームページ
 
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石川啄木 札幌の新聞社に初出勤

今日は2007年9月16日、石川啄木は100年前の一昨日、札幌に入り、昨日は下宿先に知人を迎え、札幌の感触をたのしみました。

今日は北門新聞社に初出勤の日です。

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石川啄木 来札100年目

今日は2007年9月14日

明治41年(1907年)9月14日から数えてちょうど100年目です。

100年前の9月13日、石川啄木は函館を発ち、今日9月14日に札幌に着きました。

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posted by GG at 17:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム
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