石川啄木 歌集「一握の砂」

歌集「一握の砂」
1910(明治43)年12月刊行 石川啄木の処女歌集

一握の砂表紙 復刻版
初版本(復刻版)


551首が収められており、冒頭の歌は「東海の小島の磯の白砂に我泣きぬれて蟹とたはむる」

全551首の歌について、歌の解釈やサイト管理人の想いを「記事」として掲載しています。(作業中)

また、銅像や歌碑の探索紀行も掲載しております。

「一握の砂」には551首が収められていますが、副題を付して5篇に分かれています。

冒頭は「我を愛する歌」151首。この篇の冒頭の歌が「東海の・・・」です。

次の篇が「煙」(一)47首 (二)54首  計101首
 おもに、盛岡時代の情景が詠われています。

次が「秋風のこころよさに」51首
 東京の朝日新聞時代に故郷への郷愁を詠った歌

続いて「忘れがたき人人」(一)111首 (二)22首  計133首
 (一)は北海道時代のできごと
 (二)は弥生小学校代用教員時代の女教師「橘智恵子」女史の追憶

最後の篇は「手套を脱ぐ時」115首
 東京の朝日新聞社に就職して以後発表された歌
 最終の8首は生まれてすぐに亡くなった長男「真一」の追悼歌

「一握の砂」全551首一覧と解説のページへ

主な作品の紹介について 短歌・小説・評論等

石川啄木の主な作品のうち、短歌・小説・評論・随筆等を紹介しています。

「詩」については、別ページに紹介しています。

歌集「一握の砂」に収められている歌については、すべての歌を掲載し、その歌にまつわる管理人の思いや歌の解釈、歌碑の紹介などに取り組んでいます。

ここに紹介している「主な作品」は青空文庫様のサイトにリンクする形で紹介しているほか、青空文庫に無い作品については、各ページに紹介しています。

「青空文庫」は著作権期間が切れた文学作品や著作者が了承した作品をデジタル化してサイトに公開する活動を行っています。
趣旨に合致する限り、再配付も自由ということなので、利用させていただきました。
青空文庫バナー
 
・原作のままデジタル化したもの、現代の用字、現代仮名遣いに変換したものなどがあります。
それぞれの作品に注釈がありますので、参考にしてください。

悲しき玩具

歌集「悲しき玩具」―一握の砂以後―  
啄木の死の間際に契約され、死後間もなく刊行された歌集

悲しき玩具表紙(
復刻版)
悲しき玩具表紙(復刻版)


青空文庫 石川啄木「悲しき玩具」のページへリンク

石川啄木『一握の砂』以前の短歌 明治42年1月〜明治45年(歿年)

石川啄木は明治43年12月に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、北海道を離れて東京に行った明治42年1月〜明治45年(歿年)に詠んで、詩集に収められなかった作品を紹介しています。

小説を執筆し収入を得ようとしますが、売れず、病気になって勤めも休み、死の影が迫ってきます。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。

明治42年1月〜明治45年(歿年)の歌を読む

石川啄木 『一握の砂』以前の短歌 明治41年9月〜12月

石川啄木は明治43年12月に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、北海道を離れて東京に行った明治41年9月〜12月に詠んで、詩集に収められなかった作品を紹介しています。

森鴎外や与謝野鉄幹が主宰する歌会などで詠んだ歌などがあります。
この年は、啄木が短歌や小説などを多作した時期です。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。


明治41年9月〜12月の歌を読む

石川啄木 『一握の砂』以前の短歌 明治41年7月〜8月

石川啄木は明治43年12月に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、北海道を離れて東京に行った明治41年7月〜8月に詠んで、詩集に収められなかった作品を紹介しています。

森鴎外や与謝野鉄幹が主宰する歌会などで詠んだ歌などがあります。
この年は、啄木が短歌や小説などを多作した時期です。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。


明治41年7月〜8月の短歌を読む

石川啄木 『一握の砂』以前の短歌 明治41年5月〜6月

石川啄木は明治43年12に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、北海道を離れて東京に行った明治41年5月〜6月に詠んで、詩集に収められなかった作品を紹介しています。

『一握の砂』や『悲しき玩具』に収められている歌のもとになっている歌や雑誌・新聞等に投稿した歌などがあります。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。


明治41年1月〜6月の歌を読む

石川啄木 『一握の砂』以前の短歌 明治37〜41年3月

石川啄木は明治43年12に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、澁民尋常小学校代用教員時代〜北海道を離れるまでに詠い、詩集に収められなかった作品を紹介しています。

『一握の砂』や『悲しき玩具』に収められている歌のもとになっている歌や雑誌・新聞等に投稿した歌などがあります。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。


明治37年〜40年の歌を読む

石川啄木 『一握の砂』以前の短歌 明治34〜36年

石川啄木は明治43年12に処女歌集「一握の砂」を刊行しました。
啄木24歳のことです。
啄木は生涯2000首以上の短歌を詠んでいますが、『一握の砂』および第二歌集『悲しき玩具』に収められたのはおよそ800首。
このページには、それらの詩集に収められなかった作品を詠われた年代順に紹介しています。
『一握の砂』や『悲しき玩具』に収められている歌のもとになっている歌や雑誌・新聞等に投稿した歌などがあります。

なお、これらの歌はノートや原稿用紙に書かれていますが、1行書き、3行・4行書きなど、体裁はバラバラで、このページではすべて1行書きとしています。


このページの底本は、次のものを使用しています。

  発行所:株式会社岩波書店
  書  名:啄木全集 全17冊のうち、第1集
  発行日:昭和36年4月13日 新装第1刷

原文で使用している仮名遣いや送り仮名は極力原文どおりとしていますが、漢字はウェブ表示上問題があると思われる文字については、現在使われている文字またはかなに置き換えていますのでご了承ください。


明治34年〜36年の歌を読む

石川啄木 随筆「我等の一團と彼」

小説
新聞社での仲間、特に「高橋彦太郎」とのかかわり
旧字・旧仮名遣い

青空文庫「我等の一團と彼」へのリンク

石川啄木 論説文「弓町より」(食ふべき詩) 

論説文「詩について」(食ふべき詩)
詩についての見解と要求
新字・新仮名遣いに置き換えています。
石川啄木の論説として高く評価されている文章です。

青空文庫 石川啄木「弓町より」(食うべき詩)にリンク

石川啄木 随筆「二筋の血」

随筆
夢の樣な幼少の時の追憶、喜びも悲みも罪のない事許り、今になっても思い出すことが二つある・・・。
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「二筋の血」のページにリンク

石川啄木 小説「天鵞絨」

小説 「天鵞絨」(びろうど)
東北地方、小さな村の理髪師の源助さんが主役
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「天鵞絨」のページにリンク

石川啄木 小説「漂泊」

小説 「漂泊」
函館の大森浜での3人の会話
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「漂泊」のページへリンク

石川啄木 小説「病院の窓」

小説「病院の窓」
病院に勤務する外交員野村良吉の物語
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「病院の窓」のページへリンク

石川啄木 随筆「初めて見たる小樽」

随筆
小樽に来て初めて真に新開地的な、函館にも札幌にもない自由の空気をみつけた。

青空文庫 石川啄木「初めて見たる小樽」のページへリンク

石川啄木 小説「葉書」

小説 葉書(はがき)
ある小学校の教師、旅の学生にお金を与え、その礼の「葉書」を受け取る。
旧字旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「葉書」のページにリンク

石川啄木 小説「鳥影」

小説 「鳥影」(ちょうえい)
新聞連載小説として初めての試作作品、長編です。
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「鳥影」のページへリンク

石川啄木 随筆「葬列」

随筆 「葬列」(そうれつ)
久しぶりに帰った盛岡の変わりようについて書いている。
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「葬列」のページへリンク

石川啄木 随筆「雪中行」

随筆「雪中行」(せっちゅうこう)副題:小樽より釧路まで
小樽から釧路に向かう際の日記。途中下車した岩見沢、旭川でのことが書かれています。
新字・旧仮名遣い

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石川啄木 論説「性急な思想」

論説 「性急な思想」(せっかちなしそう)
 せっかちな考え方ではなく、出来るだけ早く自己の生活を改善し、統一し徹底するよう努力すべきである、と説く。
新字・新仮名遣い

青空文庫 石川啄木「性急な思想」のページへリンク

石川啄木 論文「時代閉塞の現状」

論文 「時代閉塞の現状」(じだいへいそくのげんじょう)
(副題:強権、純粋自然主義の最後および明日の考察)
新字、新仮名遣い

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石川啄木 詩集「詩」

詩集「あこがれ」の中の詩「啄木鳥」ほか26、合計27編の詩。

青空文庫 石川啄木「詩」(あこがれ)

石川啄木 小説「札幌」

小説 「札幌」
函館から札幌に来る経緯、札幌での2週間ほどの生活ぶり、札幌から小樽の新聞社に転職する経緯が書かれています。
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「札幌」へのリンク

石川啄木 小説「雲は天才である」

小説 「雲は天才である」
明治39年(1906年)20歳のとき執筆
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「雲は天才である」のページにリンク

石川啄木 小説「菊池君」

小説「菊池君」(きくちくん)
主人公の「私」は釧路の新聞社に勤務する。
旧字・旧仮名遣い

青空文庫 石川啄木「菊池君」のページにリンク

石川啄木 小説「火星の芝居」

小説「火星の芝居」
二人の不思議な会話、落語風でもある掛け合い。
新字新仮名遣い

青空文庫 石川啄木「火星の芝居」のページへリンク

石川啄木 小説「足跡」

小説「足跡」(あしあと)
小学校の代用教員、千早健は理想的な教師だが、4月1日の新年度、解職願を懐にしていた。 長編小説を手がけ、書き始めの「その一」。

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