東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて


東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる


石川啄木の代表的な歌とされているこの歌は「函館」の歌ではない!

石川啄木の処女歌集「一握の砂」には551首の歌が収められていますが、その冒頭にこの歌があります。

啄木は明治40年(1907年)、満21歳の5月5日に函館の土を踏んでいます。

その年の9月13日までの4ヶ月の間に度々大森浜に出向いたものと思われます。

そして、白い砂浜に続く磯を島と見立て、歩いていた蟹としばし遊んだものと思われます。

あるいは、大森浜から津軽海峡を隔てて見える内地の山影を『小島』と見立て、大きな自然のなかにちっぽけな蟹と戯れている我が身を憂いていたのか?

「一握の砂」にこんな歌があります。


しらなみの寄せて騒げる函館の大森浜に思ひしことども


一握の砂551首中318番目、このあたりには函館を歌った歌が集められています。

「東海の・・・」の歌とよく似た情景をイメージすることが出来ます。

ところが、函館の大森浜に「磯」はありません。見渡す限り砂浜です。大森浜の海岸線の先の啄木一族の墓がある立待岬は磯ですが、ひょっとしたら、「東海の・・・」は大森浜のことを歌った歌ではないのではないだろうか、という疑問がふくらんできました。

青森県下北郡大間町大間崎に啄木の歌碑が3基建立されています。

そのひとつは「東海の・・・」です。
あとふたつは、

大海に向かひて一人七八日泣きなむとすと家を出でにき  大という字を百あまり砂に書き死ぬことをやめて帰り来れり


私は青森県大間町の大間崎に残念ながら行ったことがないのですが、海岸線の先に小島があり、磯には蟹が群れているさまを容易に想像することができます。

1902年(明治35年)7月、啄木が下北半島を徒歩旅行したという記録があるという記事を読んだことがありますが、啄木自身が書いたものの中にその記録は無く、また、当時下北半島を訪れることが啄木に可能であったかどうか、たいへん疑問です。

このときの啄木は岩手県盛岡中学校5年次に在籍していましたが、それまで成績優秀で過ごしてきたのに、文学熱や後の妻節子との恋愛が進んでいた時期で、学業成績は急速に落ち込んでいました。

加えて、2度のカンニングがみつかり、譴責処分を受けた時期です。

そんな重荷を背負って歩いた、下北半島の本州最先端の地は、啄木の心をわずかながら癒してくれた、というのですが・・・?

この後、10月には中学校退学を決意して上京します。

こうした背景が事実であれば、「東海の・・・」および上記2首も、大間の旅を追憶して歌ったものとするほうがしっくり納得できるのですが、啄木が大間に出向いたという記録が無いことから、やっぱり函館の大森浜を詠った歌と思われます。

長い間、石川啄木の代表的な歌「東海の・・・」が私の生まれ故郷「函館」の歌であると思い込んでいた私には、いろいろな説があることに驚きました。

ただ、大正2年、函館の立待岬に「啄木一族の墓」を建立した宮崎郁雨がなぜ「東海の・・・」を墓碑に刻んだのかをこのように述べています。(「函館の砂」)

 「蟹」は、尻沢辺の磯の岩蟹でもなければ、大森浜の渚辺の穴にすむへら蟹でもなく、それは彼が泣きながら真剣に取組んでゐる彼の個性であり、自我であり、文学であり、思想であり、哲学であった。その「蟹」は然し本物の蟹と等しく、彼の人生行路ではひねもす横這いし続けて居た。その蟹は時としては鋏を振立てて彼自身に敵対もするのだが、彼はそれを愛惜したり憐憫したり、憎悪したり虐待したりして、遣り場のない鬱情を霽らして居た。この歌はさうしたみじめな生涯を自憫する啄木の悲鳴であった。その様な啄木の悲しい姿を憶い描きながら、彼の墓のために此歌を撰んだ。

どの場所を歌ったのか、なんて問題じゃない、もっと深いんだと思い知らされました。
 
 
posted by GG at 22:49 | Comment(3) | TrackBack(0) | 函館の歌
この記事へのコメント
「東海」がどこか?については諸説があってまだ定まらないようですね。
また「東海の」の歌には啄木を取り巻く多くの女性の中の七人の女性が詠み込まれているという説もあるようですね。さすが啄木と関心した次第です。
 ありがたく拝見させていただきました。あるがとうございました。 6月21日 悠
Posted by 悠(ゆう) at 2013年06月21日 10:01
ありがとうございました
                                      





Posted by 平野一三 at 2017年11月25日 13:30
ありがとうございました。
大変参考になりました。
                                      





Posted by 平野一三 at 2017年11月25日 13:32
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