小樽駅と石川啄木

2006年11月、小樽のガラス細工工房を見に行きました。

著名なガラス工場もあるのですが、個人でやっている工房も、小樽にはたくさんあります。

そのなかの一つを訪ね、作品を見せてもらいました。

実は私はあまり興味がないのですが、妻が行ってみたいというので、私はアッシーくんです。

小樽駅舎内でガラス細工のクリスマスツリーが飾られているというので、行ってみました。

otaru_xtree.jpg otaru_tree2.jpg

みごとなガラス細工を堪能し、駅舎を出たところに、こんな看板がありました。

takuboku_otarueki.jpg

こんなことが書いてあります。

    石川啄木と小樽駅
 子を負いて雪の吹きいる停車場にわれ見送りし妻の眉かな
 漂白の詩人石川啄木は、姉トラの夫山本千三郎氏が当時中央小樽駅の駅長であったので、函館から小樽へ家族を呼び寄せた
 しかし、わずか5ケ月後の明治41年1月19日数々の想い出を残して雪の降るなか妻節子に見送られ、この駅から寂しく釧路へと向かった。
 現在の小樽駅は、昭和9年(1934年)北海道で初めて地下コンコースと2階にプラットホームが接続するように建築された。この駅舎の構造は、坂のまち小樽の地形を最も効果的に利用した例である。           小樽市


 子を負ひて
 雪の吹き入る停車場に
 われ見送りし妻の眉かな (石川啄木『一握の砂』)

 この歌を作ったのが明治41年1月、その前年の8月までは函館に家族と住んでいたのですが、8月、函館の大火で、単身、札幌に身を寄せ、2週間ほど北門新報社に勤めますが、勧めにより、小樽の小樽日報社に転職します。

 家族も函館から呼び寄せ、落ち着くかと思われたのですが、同僚との確執があり、12月で退職し、1月には釧路新聞社に単身赴任することになりました。

 その出発のときの子どもや妻のことを歌った歌です。
 寒々しい停車場の風景と啄木の思いが伝わってきます。

 家に帰ってから調べてみたら、もっとりっぱな歌碑があるそうです。

 2005年10月23日、中国から取り寄せた美しい黒御影石にこの歌を刻んで、盛大な除幕式が行われたそうです。

 残念、こんど行ったときはカメラに収めてきます。

 小樽駅からゆっくり歩いて10分ほどのところに、「小樽運河」があります。

otaru_unga.jpg

みぞれ模様の天気でしたが、観光客がそぞろ歩いていました。
 
 
posted by GG at 18:19 | Comment(0) | TrackBack(1) | 銅像・歌碑
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