釧路市南大通り(啄木通り)の小奴碑

港文館から南に200mほど歩き、南大通りとの交差点、南西角に朝日生命釧路支社があります。

その軒下の植え込みに「小奴碑」があります。


石川啄木 釧路市南大通り(啄木通り)小奴碑 小奴といひし女の やはらかき 耳朶

私などは、芸妓小奴と聞くと、なんとなく年増の芸者を想像してしまうのですが、小奴は明治23年10月生まれ、啄木は明治19年生れですから、啄木が4歳年上でした。

小奴については別のページで紹介することとします。
以下、小奴碑の碑文です。

釧路市南大通り(啄木通り)小奴碑の碑文
明治四十一年一月二十一日石川啄木は妻子をおいて単身釧路に来る
同年四月五日当地を去るまで釧路新聞社に勤め記者として健筆をふるえり

  あはれかの国のはてにて
  酒のみき
  かなしみの滓を啜るごとくに

当時の生活感情を啄木はこのようにうたう
当時しゃも寅料亭の名妓小奴を知り交情を深めり

  小奴といひし女の
  やはらかき
  耳朶なども忘れがたかり

  舞へといへば立ちて舞ひにき
  おのづから
  悪酒の酔ひにたふるるまでも

漂浪の身に小奴の面影は深く啄木の心をとらえ生涯忘れ難き人となれり
小奴もまた啄木の文才を高く評価し後年旅館近江屋の女将となり七十余年の生涯を終るまで啄木を慕い通せり
今、此処小奴ゆかりの跡にこの碑を刻み永く二人の追憶の記念とす

  昭和四十一年十一月
    朝日生命保険相互会社
                   馨葉書


posted by GG at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 銅像・歌碑
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